生食を超えた、有機農法冷凍食品のプロフェッショナルカンパニー 株式会社ニッコー
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会社概要

商号   株式会社ニッコー
創立   1984年 7月10日
資本金   1000万円
所在地   神奈川県大和市代官1-10-3
フリーダイヤル : 0120-255-125
TEL : 046-269-0217 FAX : 046-269-0284
代表者   代表取締役会長 山ア貞雄                                       代表取締役社長 山ア雅史
種営業品目   農・畜・水産物を利用した食品の開発生産、販売
主取引銀行   横浜銀行・三井住友銀行・りそな銀行
主要納入先   首都圏・東北・関西主要生活協同組合
自然食品・有機農産物宅配・流通業者
有機食材使用大手外食産業他
主要仕入先   神奈川農畜産物供給センター、八千代牛乳、
多田製粉、トキワ養鶏、房総食料センター、
マルタ有機農産物生産組合、JA山武郡市、
湘南ぴゅあ、その他各地農産物供給センター他
社員数   約70名

会社沿革

1984年
(昭和59年)
  大和市福田1966にて創業
東京都内生協に産直原料使用商品の納品開始
1985年
(昭和60年)
  大手居酒屋に納品開始
1986年
(昭和61年)
  大手百貨店・全国宅配業者にて販売開始
1988年
(昭和63年)
  湘南工場建設
東京近隣に納入増える
1998年
(平成10年)
  現在の代官工場に生産部門統合する
JA・民間宅配、関西、東北方面の納入増える
2000年
(平成12年)
  食品衛生協会より表彰
都内生協より表彰受ける
2002年
(平成14年)
  代官工場内に開発部を新設し強化

2003年
(平成15年)

  大和市福田工場に開発部を移設
代官工場改築
学校給食向け健康食材提供開始(2003.2.27日経新聞掲載)
2004年
(平成16年)
  平成15年度神奈川県優良工場に選定
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経営理念、社是・品質基準へ

☆経営理念☆
 『日に興す』
 『従業員と家族、お客様、社会の為に』

☆社是☆
 『自分の子供に、安心して食べさせられる食品を作る』

☆社訓☆
 1.今を大切に、即行・則止
 1.新鮮、安全、本物の味を提供する。
 1.食品の命である、素材を大切にする
 1.しっかり掃除をし、磨き上げる
 1.時を守り、場を清め、礼を尽くす

☆品質基準☆

当然、細菌検査は毎日やっています。
数字で押さえていく為に、作ったものを 1年間、保存しています。
自社的な基準としては、毎日試食をして納得のいく物しか出さないということです。
基本的に社長が食べます。
社長不在のときは副社長が食べるとか、責任のある人が食べるようにしています。
あとは「作っているあなたも消費者」という目で作っています。
ですから、納得のいかない物は、法的な基準をクリアーしていても処分するようにしています。
あとは、外部の監査機関の厳しいチェックを受けています。
3社入れているんです。
本当は 1社でも大丈夫なのですが・・・
より高い基準を設けて、味はもちろん、衛生面などでも万全を期したいということで、3社に監査して頂いています。

これも自社基準で導入しているのですが、月 1回、全員の検便をしています。
何でかというと、サルモネラ菌が人間に潜在しますから、そういう危険性があるわけです。
製造現場に入らない人も全員やっています。
当社は冷凍食品協会に入っています。
協会に入るにも基準があって、毎年チェック基準があるわけです。
それをパスしないと駄目ですから、それ以上に厳しい自社基準を設けています。
また、取引先に消費者団体(生協など)が結構多いので、消費者団体のお母さんたちが年 1回、チェックにみえます。
お母さんたちのチェックは厳しいですから、自ずと目指す基準も高くなります。
外部のチェックが入るのはいい事でして、自己チェックだけでは駄目だと思います。
外部の目にさらして、外部からチェックしてもらわないと、客観性が欠けてしまいますから・・・。
あとは『誠実にやる』ということが物事の基本だと思います。
これは商品だけじゃないです。物事をやっていく場合の基本中の基本です。
誠実さが欠けた所に様々な問題が降りかかってきます。

代表取締役会長 山ア貞雄 〜プロフィール〜

山ア貞雄


昭和18年11月20日生まれ。
熊本県八代市生まれ。

生まれた時は、葦北郡二見村と言いました。
本当に田舎で、不知火海岸という海岸がある、人口4,000人。 700所帯の暮らす村でした。
非常に風光明媚なところで、畑とか田んぼとか川とか。
水もキレイな清流。そういうところで生まれ育ったので、出来るだけ自然な物を作りたいと願うのですね。

実家が豆腐屋でした。
ただ、1日100丁ぐらいしか作れないですよ。

昔の豆腐屋って大変です、全て人力で作っていたわけですから。
水を井戸から汲み上げるのも手伝いましたし、臼で豆を挽くのも手伝いました。
豆腐を作る釜だって、とても重い鉄の釜なんです。
おがくず等も使います。
博物館を作ってもいいぐらい実家には当時の道具が残っていますよ。
そういった環境で豆腐作りを手伝った事により、感性が磨かれたのかもしれませんね。

そんな大切な労働力だった私に高校卒業後、父は「東京に行って勉強して来い」といって、送り出してくれました。
なかなか出来る事じゃないと思います・・・。
最初に行ったのが豆腐屋の組合で、そこから公の研究機関に派遣され 6年間、大豆の研究を徹底的にしたのです。
大豆の品種の研究とか、豆腐の研究とか・・・
400種類以上ある大豆の中で、どれが 1番、豆腐に合っているかなどを日夜研究しました。
今は筑波に研究所があり、様々な研究をしているので、研究員が150人もいますね。

高校を卒業していきなり日本のトップの研究機関に来たので「これは勉強しなきゃいけないな」と思ったわけです。
それで、東京理科大学に行かせてもらったわけです。
そこでまた苦労するわけですがね・・・あそこはすぐに落第させますから(笑)。
仕事が終わってからの勉強だったので、毎日 3時ぐらいまで勉強していました。
若いからできたのですね。
日曜日なんて休みませんでしたし、あんなに勉強したことなかったですよ。
お陰で何とか学校も卒業させてもらいました。
卒業後、所長の紹介でアメリカに行くことになっていたのです。
ロサンゼルスの豆腐屋さんに前任者がいて、帰ってくるということで私が代わりに行く事になっていました。
しかし、再び所長に呼ばれ「実は国内の知り合いが、大豆をこれから研究したいので、人をよこしてくれないかと」言われている。
「どうする?」って言われました。
「アメリカに行く? それとも国内に残ってそっちの会社に行く?」と・・・。
「やっぱり日本がいいかな」と思い、
翌日「国内に残らせていただきます」と伝え、民間の会社に行きました。
人生というのは不思議ですね。一晩で変わってしまうのですから(笑)。
それから民間の会社に行って、結局14年間在籍し、そこでも色々な勉強をさせていただきました。
創業者にも出会ったし、今の社長とも関連で仕事をやらせていただきました。
よくぞここまで勉強させていただいたと思う位、何でもやらせてくれました。
日本のトップクラスの企業との提携や交流も多くやらせていただきました。
勿論、辛酸を舐めたことだって数知れません・・・。

その14年間の体験があったから、開発とか消費者への想いとか、何をどうしなければいけないかということが解りました。
お客様がどういう想いでいらっしゃるか。
お客様や社会に貢献できるかできないか。
ところが、油断すると間違えてしまうわけですね。
「自分のことしか考えない」という世界を作ってしまうと存在価値がないわけです。
存在価値があって「必要ですよ」と言われ続けていると、だんだん発展するわけです。
結果として、お金もいただくし、利益も上がるということです。
一時的に悪いことをして利益を上げても、そんなことは後でバレるからおかしくなるわけです。
そうならないように、おごることなく日々精進だと思っています。

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